
In 1904, she and her sisters, Helene and pauline, had opened a fashion salon, smartly outfitted by the Wiener Werkstatte, in Vienna's Casa Piccola.
1904年、エミーリエ・フレーゲ(Emilie Louise Flöge) は、姉のヘレン(ヘレーネ)妹パウリーネと「カーサ・ピッコラ(Piccola Casa)」にオートクチュールのブティックをオープンさせました。
Emilie Flöge (1902) Gustav Klimt
1902年の肖像画の自信に溢れた表情と立ち姿。
マダム・ヴィオネ、ポール・ポワレ、ココ・シャネルらのコルセットの解放を反映したように、クリムトもそうしたドレスをエミーリアのためにデザインしています。
クリムトの弟とエミーリエの姉の結婚によって出会った二人。クリムトは17歳のエミーリアの肖像画も描いています。

このパステル画が17歳のときのポートレート。1891年ですから
寓話、
ブルク劇場装飾画、美術史美術館の装飾とルネサンス、バロックそしてアカデミックな作品のその翌年になるので、どちらかというとアカデミックな「17歳のエミーリエ・フレーゲの肖像」。
愛(Liebe)と同様に装飾モチーフのトリミング。こちらはジャポニズムを感じる花。
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Dans ce salon, dessiné par l'architecte Josef Hoffmann dans le style Art nouveau, elle présentait des collections de mode qui correspondaient aux goûts de la Wiener Werkstätte. (引用:fr.wikipedia.org)

「カーサ・ピッコラ(Piccola Casa)」2F
三姉妹のブティック内フィッティング・ルーム
このエミーリエ・フレーゲのサロンは、
クリムトのストクレ・フリーズでおなじみのホフマン設立「ウィーン工房」によるもの。アール・ヌーボってありますが、この写真のフィッティング・ルームはアール・デコと表現したほうがぴったりの気もするんですが。
Floge in a dress designed for her by Gustave Klimt in 1909 and then a postcard of the same, designed by Mela Koehler, a member of the Wiener Werkstatte, Number 582 of their Fashion Series.(引用:thebluelantern.blogspot.com)

「Floge in a dress designed for her by Gustave Klimt in 1909」ということは、エミーリエ・フレーゲが着ているのが、1909年にクリムトがデザインしたドレスなんですね。
ファッションプレートのイラストには Mela Koehler (Austrian, 1885-1960)です。
写真は「Madame D'Ora」 Dora Kallmus (1881-1963)です。この人の写真は大好きです。
さて、グスタフ・クリムトとエミーリエ・フレーゲは生涯のパートナーとありますが、プラトニックだったようです。エミーリエはブティックを経営し、男性に依存しない自立した女性。この1902年の肖像画はエミーリアはお気に召さなかったらしい。
「クリムト、シーレ ウィーン世紀末展」で北海道から東京、大阪など巡回がはじまりました。HPではパレス・アテナがトピックされています。
パレス・アテナの記事はクリムトの「MUSIC?」とあわせて、KEI くんがアップしました。音楽?は結構知っていると思いますが、音楽2はなかなかネットでは検索しにくいので、ぜひごらんください。
こちら→
クリムト、シーレ ウィーン世紀末展 パラス・アテナ(&MUSIC?)
追伸
本日の記事で、つくづくフランス語や英語の堪能な人が羨ましいと感じたことはありませんでした。